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□    Xylophone Vol.1
 
序章
 
上限の月が浮かんでいる。
空は、真っ黒だった。
少年は、頭巾の下からそっと、空を見上げる。
見つめる先は、うっすらと滲んだ空、月の輪郭の外側だった。
その少年の袖を、もう一人の少年がそっと引く。
二人は再び音も立てずに歩き出す。
黒い光の中に浮かぶ、灰色の城の輪郭の中へ、二人は入って行った。
 
「ああ、息が詰まる」
少年の一人が、頭を隠していた頭巾をとって、ぶるぶると頭を振った。
不揃いに切られた金髪がふわりと広がる。
先刻空を眺めていた少年もまた、外套を脱いだ。先の少年よりは短めの髪が、さらりと流れる。
「ねえ、ロゼ、ここ教会だったみたいだよ」
「らしいな」
「何それ、そっけないなあまったく」
少年は長く伸びた髪をつまんでいじりながらふくれっ面になる。
「入った瞬間、虹色の光が床に映っていた。どうせいつもどおり薔薇窓でもあるんだろ?」
「いつもどおりっちゃいつもどおり・・・なんだけどさ」
髪の長い少年は静かに呟いた。少年のそういう声は、久し振りに聞く。
「レヴィ?」
ロゼ、と呼ばれた少年がそっと、もう一人の少年の手を取る。レヴィ、と呼ばれた少年は寂しげに笑った。これも久しぶりに見る表情だ。
「ほら、見てよ。こんな絵、僕は初めて見るよ。・・・初めて、見たよ」
教会の薔薇窓というのは大抵、天使だったり、神様だったり、聖母や預言者、聖書に描かれている事柄の絵画が色硝子の工芸として形作られている。そして、少年達は、それがひどく嫌いだった。
―お前達は救われようがない。
そう、言われているような気になるのだ。その無機質で残酷な目の奥で。
けれど、今二人が見ていたそれは、それまでのどれとも違っていた。
緑の髪の少年と、金髪の少女が、寄り添って、目を瞑っている。
二人は小さな赤子を守るようにそっと抱きあげていた。
その赤子の顔は見えない。ただ、布からはみ出た小さな手が見えるだけだ。その手を少年がそっと握っている。
周りは白い水仙の花で囲われている。緑を基調とした硝子。
それは、神々しいわけでも、厳めしいわけでもない。ただ静かで、儚い絵だった。普通の宗教画と比べれば、地味で見劣りがするものかもしれなかった。
それでも、少年たちにとっては、まるで胸を締め付けられるような、美しさがあったのだ。
「あ・・・れ・・・?」
頬を伝うものを感じて、少年は手を頬にあてた。
「ロゼったら・・・何泣いてんのさ」
レヴィ、と呼ばれた少年は苦笑しながら、その涙をぬぐってやる。
「ありがたい、って、こういうことを言うんだろうね」
「え?」
「ほら、見れて良かった、って思うんだよ、この絵なら。僕達がこんなところまで逃げてなきゃ、きっと一生見ることもなかったんだろうね。あんな小さな村でさ、きっとずっと閉じ込められたままだったんだから」
「レヴィ、オーレ」
「僕さ、今更だけど、ううん、今頃やっとだけど、やらなきゃよかったな、って。あはは、自分の罪深さをこんなところでやっと自覚するなんてね。この絵はずるい。ずるいよ」
「レヴィオーレ」
ロゼ、と呼ばれた少年は、レヴィオーレの額に自分の額をそっと当てて目を閉じた。
「なにも考えなくていいから」
ソキツィロゼはふわりとほほ笑む。
「お前が懺悔なんてし出したら、俺がお前を守りたい気持ちまで懺悔しなきゃいけない。そんなの面倒だ。俺はやりたくないからな」
「何それ」
レヴィオーレはようやくくすりと笑う。
「でも、さ」
レヴィオーレは言いかけて、止める。
「なんだよ?」
「ううん、ただ、・・・そうだな、もう少し、ここになら、いてもいいんじゃないかなとか、さ」
「居たいだけ居るがよい」
ふいに、聞き覚えのないしわがれた声が聞こえて、兄弟はさっと身をひるがえし、声のした方を睨みつけた。
人の気配に気づかなかったなんて、不覚だ。今までの自分たちなら絶対にあり得ない。
老婆はすっぽりと布で姿を覆い隠していた。木椅子に溶け込んで、暗がりの中では判別できなかったのだ。
「お前は誰だ」
ソキツィロゼは低い声で問う。
「何、この教会で寝泊まりさせてもらっておる、ただの乞食じゃ」
二人が殺気を放ちながら黙っていると、老婆はくつくつと笑って、ゆっくりと腰を上げ、薔薇窓のそばへとゆっくり歩み寄る。座っても立っても変わりがないほどに、酷く腰が曲がっている。
「儂はこの窓が好きでの」
老婆は優しく言った。
「この絵にまつわる優しい話が好きでの。この教会が好きになってしもうたのじゃ。以来、ここには半分棲みついているようなもの。ここは公式の教会ではないがの」
二人は黙っていた。見も知らぬ他人に簡単に気を許せはしない。
けれど、老婆は返事を待っていた。いつまでも、待っている。
やがて、嘆息とともに、レヴィオーレが、折れた。
「何が言いたいんです?」
老婆はくすりと笑った。
「いや・・・単に年寄りの話につき合うてほしいだけじゃ。なにせ、孫のような年端の子供を見ると、めんこゆくて仕方ないでのう」
老婆は優しく笑った。
「ここの教会はの、巷に出回っている聖書は信じておらぬ。この国にだけ語り継がれる、とある物語だけを信じておる。まるで夢物語じゃ。だが儂も、この国の者たちも、取ってつけたような聖書の物語よりも、ずっと、その話の方が真実味のあるような気がしてならぬ。何千年もの時の中で、歴史は歪んでしまったなれど、儂は【鳥】を天使だの、絶対神だの創造主だの、と人間のちっぽけな想像力でこじつけた神話よりは、語り継がれた童話を信ずるよ。そういう子どもたちが増えると良い」
「童話?」
ソキツィロゼは訝しげにつぶやいた。
「神話が童話?」
「子供に語り聞かせる意味では同じ根っこじゃろうて」
老婆はくつくつと喉を鳴らす。
「あんな小難しゅうて大人でもやっとわかるような話よりは十分に信じられることだよ」
「この薔薇窓に描かれている物語なんですか。水仙の―」
「この国には水仙が咲き誇るでの」
レヴィオーレの問いに、老婆はあいまいな答えを返す。
「レヴィ?」
ぼんやりと薔薇窓を眺める弟の横顔を、ソキツィロゼは不安げに見詰めた。
レヴィオーレは苦笑する。
「聞きたいな」
それは降参したような、か細い声だった。
「いい加減、救われたいな」
逃げるのは疲れたよ、と、レヴィオーレが呟いた気がした。
ソキツィロゼは首を振ると、嘆息した。
老婆はそっと二人に歩み寄り、その頭を背伸びして優しく撫でた。
 
 
 
それは緑の物語。
 
森緑の果ての、物語―。
 
 
 
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