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□    Xylophone Vol.5
 
その残り香になんとなく意識を取られながら、ギリシェはもう一度部屋を見回して顔をしかめた。趣味が悪いにもほどがある。
金と白の家具はやたらごてごてごてとした装飾を施されている。天井が黒みがかった赤い色であるのもあまり好きではない。しかも床の絨毯は金色の刺繍の施された紺色ときた。
一つ一つはそこまで悪くもないのかもしれない。だがそれを一つの部屋にこれでもかと押し込めたことに問題がある。ギリシェは胸に刻んだ。この邸の主は気違いだ。
自分にかけられている上布団もまた、真っ白でごてごてと刺繍や網模様を施されているブツだと気がついて、ギリシェは嘆息する。
脇の小さな台に乗せられた食事の盆に手を伸ばした。見た目は悪くない。口に運んでみる。味もまあ悪くない。というか旨い。
しばらくがつがつとむさぼった後、急に満腹感が来てギリシェは手を止めた。改めて見てみると皿の中身はほとんど減っていない。余程自分の胃が小さくなったのだな、と認識する。
ギリシェは食べていた間、詰め込むのに必死で気づいていなかった。壁にかけられたどでかい女の肖像画がいつの間にか垂直に傾いていた。
ギリシェはふと、ようやく違和感に気がつく。何か部屋の様子が変わっている気がする。
しかしすぐには気がつかなかった。ようやく絵の位置が変わっていることに気付いた時には、ごごご、という小さな音と共に今度はその絵がギリシェの方へ向って伸びてくる。さすがにぎょっとする。壁とギリシェとの間はかなり離れているからまさかぶつかってくることはないだろうが、それでも自分の5倍くらいの大きさの顔が近づいてくるのは気味が悪かった。この際乙女が美人であろうと何の意味もない。
やがて絵の動きはぴたり、と止まり、しばらくしてがさごそという音と共に、ひょこり、と何かが乙女の脳天から顔を出した。ますますぎょっとする。
その少年は水晶のような薄青の髪をしていた。じいっ、とこちらを見ている。正直あまり気持ちはよくない。
しかももじもじとしているのが手にとるように分かった。ギリシェはだんだん苛々してきた。限りなくうっとうしい。帰れ、とでもいい放ってやりたい。
だが面倒だったのでそのまま睨むだけに留めておく。しばらく沈黙が続いた。ギリシェは目を閉じて舌打ちをする。ようやくもう一度がさっ、と音がした。少年は絵の傍で立っていた。腕組みをしてギリシェをじいっと見ている。だが睨まれているわけでもなさそうだった。とても眠たそうな目で凝視されても非常に困る。大きな垂れ目と左の頬の中央にある黒子が、よけいに少年の表情にぼんやり感を与えている。
「何?」
結局、折れたのはギリシェだった。少年はふにゃり、と笑う。どうやら延々ギリシェが何かしら言うのを待っていたらしい。少年は大股で歩いてきた。あまりに早く目の前に来たのでギリシェは仰け反りそうになる。
「だぁれ?」
少年はこもった高めの声で言いくさった。その質問に苛つけばいいのか脱力すればいいのか分からなくなる。
しかもやたら顔が近い。にこにこ笑いながらどんどん迫ってくる。ついに鼻の頭がぶつかる一歩手前まで来た。ギリシェは顔をしかめながらその胸を押し離す。
―聞く前に自分が名乗れよこの頓珍漢。
ギリシェは心の中で毒づいた。口には出さない。口に出すのは面倒だった。こんな見も知らぬ胡散臭い初対面の人間のために声を出してやると言う労力を使う意義が見いだせない。
けれどどこか落ち着かなくて、目も反らせなかった。もしも目をそらせば自分の見ていないところで何かを観察される心地になる。
少年の瞳は綺麗な菫色だった。その中に自分が映っている。いつの間にか記憶の中の自分の姿よりも大人びた顔に成長していることを認識する。
少年はきょとん、としたまま首をかしげた。どうやら何故ギリシェが答えてくれないのかを不思議がっているらしい。ギリシェは眉根を寄せて目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。とても疲れていた。
「ギリシェ、僕」
結局、また折れたのもギリシェだった。少年はにっこりとそれはそれは嬉しそうに笑った。
「どうしてこんなところに【はねなし】がいるの?面白いなぁ」
―はねなし?
ギリシェは眉をひそめる。しばらくして、自分達【人】のことなのだと認識する。確かに【鳥】とは違い自分達は翼を持たない。
けれども生憎、その質問を満たせる答えをギリシェは持っていなかった。むしろ教えてほしいくらいだ。自分は確かに牢獄にいたはずだった。なのにいつの間にこんな風に趣味の悪い―万歩譲ってやってよく言うなら高級志向、の部屋に移動しているのだか。
ふと、少年の羽を眺めていてギリシェはあることに気がついた。
少年の羽は瞳と同じ紫色に滲んでいる。先刻のキシュキと呼ばれていた男も、瞳と同じ黄緑の翼を持っていた。けれどそもそも、これは翼と言えるのだろうか。おおよそギリシェの知っている鳥の翼とまるで似ていない。どちらかと言えば麻や絹で織られた滑らかな布のようだった。本当にこんな薄っぺらい物で飛べるのかと訝しく思いたくなる。とはいえ、やはり着ている服と比べると明らかに材質は違うものだった。もっと滑らかだ。
―収集家が好きそうな素材。
ギリシェは思う。世の中には兎や狐の毛皮、鹿の角などを集めている輩がいる。より美を求め、彼らや彼らに従属する者たちは狩りに勤しむ。人は美しいものを見ると、手に入れたいという衝動に勝てない。
目の前にいる少年は、まさに【人】の餌食になりそうな存在だった。この翼を使って着物を作ったらきっと金持ちは相当な額を出して買うだろうな、とギリシェはぼんやりと思う。少年の外見もまた、色好みの気違い共が大金撒き散らして欲しがりそうな物件だった。そういう思考自体とても残酷なものであることにギリシェは気づけない。ギリシェはただ、不快そうに鼻で笑っただけだった。
「ていうか、あれ、何。なんかの仕掛け?どこにつながってんの」
ギリシェは気だるげに言った。いまだ垂直に傾いてこっちを見ている乙女の目線がどうにも気になって仕方がない。
少年はのろのろと振り返り、へらっと笑った。ギリシェの苛々度が5くらい上がった。
「ああ、あれ僕が作ってみたんだよ、兄さんが作りかけて途中で放棄した仕掛けだよ。なんか適当にぶった切ってつなげて踏んづけといたらできちゃった」
―・・・・・・。
ギリシェは何も言うまいと思った。何か言いたくなったら負けなような気がする。
少年はもう一度乙女を振り返る。
「ちなみにこの向きだと、廊下に出るよ。反対側に回すと裏口の近くに出られるし、逆さまにすると兄さんの部屋の天井裏に―」
「ちょっと、なんで天井裏なの」
つい口を挟んでしまって、ギリシェは顔を思い切りしかめた。何も言うつもりはなかったのだ。本当に。
「だって」
少年はきょとん、とした。
「だって真っ向から入ったら兄さんにばれるじゃない」
―そもそも兄さんって誰。
ギリシェは小さく嘆息する。
少年はにこり、と笑った。
「あと、絵を裏返せば秘密の場所に行けるよ、でも内緒なんだ。僕が其処を知っているって誰も知らないし、知られちゃいけないんだ。ふふ」
とても嬉しそうに話す。
―僕に話した時点で内緒も何も。
ギリシェは溜息をつくことすら面倒になった。
「ねえ、連れていってあげよっか、ここ、退屈でしょ?兄さんの顔拝むしかやることないなんて可哀相」
「は?」
ギリシェは眉をひそめる。
―退屈なのは否定はしないけど、
「ちょっと、一体どういう流れでそうなるわけ」
「ええ~、それはだって、そうだねえ、僕が連れていきたいから!」
「意味わかんないんですけど」
「いいじゃない!ばれなきゃ大丈夫」
「いやばれるだろ」
「なんで?ばれたらなんでだめなの?」
「は?」
ギリシェはもう一度眉間にしわを寄せた。頭痛がしてきたのは気のせいだろうか。
しばらく考えて、一つの結論に至る。
―単に見せびらかしたいだけだろ、あんた。
頭が痛い。
こめかみを押さえていると、ふわり、と体が浮いてぎょっとした。目の前に少年の顔が近付いている。ギリシェは少年の片翼に抱きかかえられていた。何処から驚けばいいのか分からない。翼はとても滑らかで温かで、気持ちがよかった。あまりの気持ちよさに、少しだけ眠たくなる。
「まだ歩けないだろうから僕が運んであげる!」
少年はそれはそれは楽しそうに言うと、また乙女の方へと歩む、巨大化する乙女の顔にギリシェはげんなりしていた。いくら美人でもこの大きさはやり過ぎだと思う。
絵の裏は、不思議な構造をしていた。カラクリと言うからには、鉄の棒のようなものや銅線をつないでいるのかと思ったが、そうではない。金銀の針のように細い光が幾何学的な模様に交錯している。よくよく見ると、文字のようなものが浮かんでいる部分もあった。数字らしきものもちかちかと青や赤に光っている。
「よいしょ、と」
少年は器用にその光をまたがって、光の無いところに収まった。数字の部分に手をかざす。かさかさ、と妙な音がして、二人は一気に金色の細い光の糸に囲まれた。糸は編まれ籠状になっていく。急にふわり、と少年の体が浮いた。風が下から吹いている。二人の体がくるん、と籠の中で回転する。頭がくらっ、とした。
そそそ、という、それはそれは控えめな紙を擦るような音と共に、絵はもう一度壁に吸い込まれていく。かち、と音がして、乙女の絵はもとの位置に、何事もなかったかのように収まった。その品のよい微笑の先には、ちゃんと整えられていない白い寝床がある。さっきまで誰かのいたぬるい熱が残っている。
 
 

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