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□    Xylophone Vol.7
三、
 
キシュキ=レシラの部屋は、青を基調としている。
これでもかというくらいに全てを青で統一している。唯一青でないとすれば、白い天井と、白木でできた机、寝台くらいのものだった。それだって青の模様がひしめき合っている。
【研究】や【気晴らし】といった名目、私用で使う全ての部屋をただ一色で揃えるのは彼の趣味だった。違う色が混じっていると気持ちが悪いのだそうだ。気になって集中ができない、という。何かひらめくとその場で計算に没頭してしまう彼の行動傾向と照らし合わせれば、まあ納得ができないこともない。
それでも正直悪趣味だと思う。ここまでくるといっそすがすがしい気持ちの悪さだ。客間に使う部屋は色がいくつかあるだけでまだましだが、それでも悪趣味なことに変わりはない。もう少し質素にしてもいいのではないかと思う。ごてごてしすぎている。それはもう、目に痛いくらいに。
おかげでこの屋敷に働く者で長続きした者はそうそういないし、弟子入りを志願してきた【鳥】達もたった一人の例外を除いて全て泡食って逃げ出した。特にかわいそうだったのが、真っ白な部屋をあてがわれた子だ。数日のうちに気が狂ったように泣き叫び、這うように出て行った。あの部屋は、少年も苦手だ。何の拷問かと思う。なのにキシュキ=レシラがやけに気にいっているから余計に性質が悪い。
少年―イース=イーダに言わせれば、キシュキ=レシラはほぼきちがいだった。
弟は弟で性格が捻くれている。ろくな兄弟ではない。なぜ自分が未だにこの二人と関わりを持っているのか自分で不思議だ。感心する。我がことながら。
そもそも自分から好んできたわけではない。ただ、ここに居続ける面倒よりもここから出てまた奉公先を探すことの方が手間のように思えたのでそのままにしているだけだ。弟の方は別としても正直兄の方にはこれっぽっちも思い入れはない。
とはいえ、学のなかった自分に一から教えてくれたのもキシュキ=レシラだった。頼んだわけでもなかったが迷惑だったわけでもない。
今日もまた、キシュキ=レシラは何やら楽しそうに計算をしている。キシュキ自身が勝手に改造した電子頭脳の画面が、青と黄色の光をちかちかと点滅させている。同じ部屋でイース=イーダもまた、床に座り込んで小型の携帯式電子頭脳の画面に電子筆を走らせていた。キシュキが何をしているのはさして興味がないが、イース=イーダがやっているのは中級程度の数字遊戯盤だ。81個のマスがあって、ところどころに数字が不規則に並んでいる。縦と横、そして9マス単位の区画それぞれに当てはまる数字には規則性がある。空欄のマスに適した数字を入れなければならないのだが、さすがに中級編は難しかった。しかもこれを作っているのがキシュキを筆頭としたアルクメネの集団だから、なおのことなんだか憎々しい。
しかもキシュキは鼻歌まで歌いだした。やっぱりうっとうしい。
初級編で掴みかけたと思ったこつが、中級編ともなるとほぼ役に立たなかった。イース=イーダはため息をつく。
「どう?諦めた?」
キシュキが椅子をくるりと回旋させ、腹立たしいくらいに満面の笑みを浮かべる。
「これほんとに俺解けるのかよ。知らない定理とかほんとは使われてんじゃないの?」
「いやいや、君の知ってる知識をこねくり回せば解ける問題だよ。もちろんまあ、もう一つ上の段階の知識を持っていれば簡単ではあるんだけどね。でもそんなの意味ないし、面白くないでしょ」
「解けない時点で面白くもなんともないんだけど」
「解けたらきっとすっきりするよ」
「だからさぁ、いきなりこんな応用問題出されても解き方分かんないっての。初級は公式当てはめりゃ解けたのになんだよこの問題。鬼畜だろ」
「公式丸暗記なんて面白くもなんともないじゃない。それにね、イース、僕達がやってる研究なんかもっと人生悲観したくなるくらい複雑な応用の迷路なんだらからね?」
「誰もそんなとこまで望んでないから」
イース=イーダは嘆息した。キシュキは肩をすくめる。
「君はいい素質持ってるから、ここで終わらせたくないんだよねえ。だからこうして君に手とり足とり教えてるんじゃないか」
「自分の弟にしとけよ、ったく」
「まあねえ。シアはさすが僕の弟で馬鹿ではないんだけど、やっぱり僕の方がどうしたって上なんだよねえ」
「ろくな教育もしてないくせによく言うよ。赤の他人にはこうして教育するくせに」
「あの子の役割はそういう方面じゃないからね。適材適所、って言うでしょ」
そういう考え方は、理にはかなっているのかもしれないとは思う。けれど、イース=イーダは好きではなかった。シンシア=レシラが、何も与えてもらえず何を望むことも許されないまま、世に緩く失望し惰性で生きているのを知っている。彼の心を揺さぶるものがこの世界には何もない。何も与えてもらえない。
「仕方ないね、じゃあとっかかりだけ教えてあげよう。ほら、こことここ、数字が点対称に位置してるだろう?対応する数字同士をかけたら全て同じ規則の元にある数列になる。その数列から逆算してご覧」
言われて、しばし文字盤をじいっと見つめる。ようやく他の区画の規則性も分かって、イース=イーダは眉根を寄せた。
「ちょ・・・これいきなり難しくしすぎだろ!中級だからってもう少し易しく解けるはずって悩んでた俺が馬鹿みたいじゃん!」
「いやあ、でも、易しい解法を模索することこそいいことだよ。世の中の事象はある程度からは難しい数式や定理を使わないと解読できないけれどある程度まではやっぱり極力単純な数理を使って解く訓練をしないとね。どうしても分からない時はやっぱり結局は基本に帰るものだから。あ、僕が今言った方法は一つの解法であって他にもいくつかあるからね、それも君、見つけといてね」
「はぁ?」
イース=イーダはむっとして画面をにらんだ。
「・・・いくつだよ」
「さあ?それは自分で見つけてよ。僕も思いつかなかった解法を君が思いつくとなお嬉しいな」
「無茶言うなよ」
キシュキはくすり、と笑ってまた机に向かう。しばらく沈黙が続いた。
「よし、できた。一個上がり」
イース=イーダはにっこりと笑う。あとは、出来上がった答えを見直して、ここから逆に別の解法を見つければいい・・・はずだ。それしか思いつく気がしない。
「ああ、そうだ、イース」
キシュキが手に持って読んでいた紙の束をぽん、と机に投げた。
「君に頼みがあるんだよ、もう一つ」
「なんだよ、弟の面倒ならいつも見てますけど?」
「ああうん、それはどうも。それだけど、ちょっと趣向を変えたいんだよね」
イース=イーダは顔を上げた。キシュキはこちらに背を向けたまま首筋を撫でて何事か考えている。
「は?」
「こ、れ。読んでごらーん」
キシュキは先刻まで自分が読んでいた書類をイース=イーダに放り投げた。
「は?なんだよこれ・・・ギリシェ=ラスバーンについての見解?誰だよこれ」
「まあ、読めばわかるよ」
イース=イーダは、いつになくキシュキの目が笑っていないのを見てとって、大人しく紙面に視線を戻した。
しばらく、沈黙が続く。壁に反射した青の光が移ろう中で、紙をめくる音だけが聞こえる。
「何?これ。つまりどういうこと?こんな非科学的なこと信じろって?」
「非科学性の問題で言えばそもそも、【来世でまた会いましょう】的な言い伝えも信憑性はないじゃない。だけど実際に、今までも過去の偉人の生まれ変わりはいたし、グリーグ様はこうして確かに生まれ変わってきてる。根拠はそこに書いてあるとーり。そもそもグリーグ様がバベルを封印したっていうのも実に非科学的な魔法のような話だよ。だって、バベルだよ?君も見たことくらいあるでしょ、標本。あんな魔物を次から次へと吐きだす悪魔の空間だよ?僕は魔法なんて半分しか信じてないけれど、まあ、見たことはないけれどアルヴという種族は魔法のようなものが使えるらしいしね。この世界にはまだ確認されていない生き物がたくさんいるし。ま、とにかく、色々調べて裏付けも取った結果、グリーグ様の転生は彼で間違いないわけだ。僕はまだ、彼が【暴走する】のを見たことはないけれど。ウィルドの話によると、それはアルヴやオルヴァーラといった古代種族が用いた魔導に近いものだったらしいんだよね。生憎僕らの種族は地上の種族なんてあんまり興味はなかったからきちんと調べていないもんで、標本も古文書も残っちゃいないんだけどね。まあ、ほら、僕らが電子情報を羽の繊維に取り込んだりするのも、こうした電子頭脳を使っているのも、彼らから見たらまさしく魔法らしいから、魔法の定義や概念が本当のところ何を基準にしているものなのか僕にはまだ判別付かないけれど」
「で?何が言いたいの?これを僕みたいな底辺層に見せていいのかっていう話はまあ置いておくとしてだよ、これ読んだ限りでは、アルクメネの見解ではこのギリシェ=ラスバーンっていう人間にグリーグ様の残された片翼を還元して、グリーグ様の生まれ変わりとしてバベルを閉じるために動いてもらう、ってことだよね。しかもここに書いてあるえげつないやり方で傀儡にするってことでしょ」
「まあ、そうだね。麻薬とかいろいろこっちにはあるからね。元々グリーグ様っていうのはこちら側の存在であって、人間に生まれてしまったこと自体が誤作動、って認識なわけだ。こちら側に取り込まなければいけない。なんとしても、ね」
「胸糞悪いったらないね」
「同感だねえ」
「嘘だ。お前目が笑ってる。本当はたいして同情もしてない」
「まあね」
キシュキは薄く笑った。
「ただ、僕個人の意見はこのアルクメネの議決とは違うよ。ギリシェ=ラスバーンがウィルドに生まれたことは逆に転機じゃないかなって思ってるんだよね。今まで僕らエデンは支配階級としてこの世界で空のみに生きてきたわけだけど、人口は増えているし土地はない。食べ物も正直底をついてきているよ。君なら知っているだろう?ここは中枢部だからまだましだけど、末梢区域の貧困さったらないよね、かといってお伽噺のテレサのように、このエデンの土地を増築するわけにはいかない。一応、約束だからね。これ以上の空をウィルド達から奪わないこと。となるとまだ未開拓の地の多いウィルドの世界にそう遠くない未来移住せざるを得なくなってくる可能性があるんだ。もちろん?エデンはウィルドを野蛮の族と刷り込まれているわけだから、多分そうなったときにあちこちで色々と問題が起こると思うんだよね。だったらいっそ、ギリシェ=ラスバーンを利用したらいいと思うんだ。別の意味でね。エデンとウィルドの架け橋になってもらう。一応、いくら体はウィルドとはいえ彼は恐れ多くもグリーグ様の転生、器だ。アルクメネだってないがしろにはできないだろうよ。だから僕はね、単にバベルを閉じる云々だけじゃなくて、むしろ地上の開拓の方をこそ重要視すべきかなって」
「開拓、ねえ」
イース=イーダは片膝の上で頬杖をついた。
「具体的に何をさせたいの?」
イース=イーダの言葉にキシュキはにっこりと笑う。
「そうだね、まずは恐らく、グリーグ様のお導きに従ってバベルの扉を探すことになるんだろう。バベルは少なくともこの辺にはない。世界の最果てにあると言われている。その道中で、各部落や未開の地を同時に調べてもらう。交易を出来そうなところとは手を結ぶ。つまり、ギリシェ=ラスバーンに数名同行させる方針で行きたいよね。できれば僕が信用できる人物でかつ役に立つのがいい。それと同時に僕はこっちでメティス、っていうウィルドの集団と接触を図ろうかと思うんだよね」
「メティス?何それ」
「ウィルドの暮らすクレセラ帝国帝都で台頭してきている集団だよ。地上クレアはいくつもの集落や国家があるみたいだけど、その中でも一番大きく影響力のあるのがクレセラ帝国。そこの政治は一種の貴族独裁政権のようなものらしくってね、政治で強い影響力を持っているのが、ペルセフォネ、という部落だよ。それに対抗して設立された機関がメティス、ってわけ。今のところ二大勢力みたいだね。で、メティスの敵方であるペルセフォネの長、サルウォンは、このギリシェ=ラスバーンの実父でもあるようだ」
キシュキはにやり、と笑った。イース=イーダは顔をしかめる。
「は?なんでわざわざ対抗馬と手を組むわけ?ギリシェ=ラスバーンって人がこっちの手中にあるなら普通その縁のある方につくでしょ」
「馬鹿だなあ、その書類ちゃんと読んだの?彼は重罪を背負って、地下の牢獄に投獄されてたんだよ。懲役五五六年の刑だ。実質的な無期懲役さ。それを執行したのは紛れもないペルセフォネ。しかも、その罪状はギリシェ=ラスバーンの精神疾患による【集団殺戮】とされているけれど、まあ、このあたりは間違ってはいないようだけど、どうも裏があるんだよね。彼を獄に入れて一生出さないことで何か隠蔽したかったことがあるみたいなんだ。その辺りの詳しいことはまだ調べがついていないけれど。そしてギリシェ=ラスバーンの出自や経歴を調べた感じでも、このペルセフォネには何かありそうなんだよね。僕、こういう暗部に触れるとわくわくするんだよ。暴きたくってしょうがなくなる。つまり、ペルセフォネと直接手を結ぶよりはメティスに尽力した方が僕にとっても、ひいては我らがエデンにとっても得策かなって」
キシュキはにこにこと楽しそうに微笑んでいる。
「精神疾患、ねえ・・・」
「ま、そのあたりもまだよくわかってないけどね。少なくとも僕が少し話した感じでは頭ははっきりとしていたし、特に狂った子と言うわけでもなさそうだったよ」
「で?そんな話を僕にして、何をさせたいわけ?」
イース=イーダは手に持っていた電子頭脳の電源を切った。とてもじゃないが呑気に遊んでいる気分ではなくなった。気分がひどく重い。
「もちろん、僕に協力してくれるでしょ?」
キシュキはにっこりと笑った。目は笑っていない。
こいつは怖い。時々体の芯からそう感じることがある。今もそうだった。
イース=イーダは断ることもできる。振り払うことはできる。もしここで否、と言ったとしても、きっとキシュキは表立って何かをしてきたりはしないだろう。けれど怖くてならなかった。きっと彼はこういうだろう。『そう。それじゃあ僕はもう君達家族のことには関与しないことにするよ』
たとえキシュキが関わらないからと言って、すぐにイース=イーダの家族―両親や、幼い弟妹達、体の弱い姉が、すぐにどうこうなるというわけではない。それでも、ぞっとするのだ。キシュキはきっと何もしない。それなのに、【キシュキが家族の身柄を保証しなくなる】、たったそれだけで、この世の全てから見放された、悪食共の格好の餌食と一瞬でなってしまったような恐怖を感じる。こんなに怖いことはない。きっと、今ここで舌を噛み切って死ねと言われた方が何倍も心穏やかにいられる。なぜかは分からない。それでも、キシュキ=レシラの存在はそれだけの恐怖をイース=イーダに湧き起こさせる。
イース=イーダは目を反らした。キシュキはそれを肯定の合図として受け取ったようだった。
「簡単なことだよ。君がアルクメネを裏切るだけでいい。この天空、テレサの掟に一生そむく覚悟はできる?それでも僕は君の味方だよ。絶対に裏切ったりしない。裏切らないよ。君に悪いようにはしない。君の家族も絶対に守ろう。誓うよ」
キシュキはにっこりと笑った。きっと彼は約束を絶対に違えないだろう。約束にだけは誠実な男だ。その代わり、条件を満たさないものには容赦がない。容赦なく興味を無くす。
アルクメネの最年少の男、稀代の天才。
この男から興味を持たれなくなるということは、死よりも恐ろしい。なぜかは分からない。それなのに、イース=イーダは肌でそれを学んでいた。それを知っていてなお彼の傍に、彼の弟の傍にいるのだ。自分でもなぜかは分からないのだ。
恐らくそれが、権力と言うものなのだと思う。
キシュキ=レシラの指に絡まるいくつもの金の糸が、イース=イーダには見える。
その糸を切られたらもう終わりだ。イース=イーダに繋がるその糸は蜘蛛の糸のようにとても細く頼りないのだ。篩い落とされるわけにはいかない。
イース=イーダは口を小さく開いた。躊躇いもあったが、消した。
いいよ、何をしたらいいの?
唇が動く。キシュキ=レシラは柔らかく笑った。
 
 
 

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