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□    Xylophone Vol.3
第一章
 
テレサと呼ばれる天上の地。
その森林の奥に、金字塔型の金色の符号模型があった。
それは【天啓グリーグ】のおはします社である。
この中に入ることを許されているのは限られたアルクメネであった。
扉の前、彼らは皆、その手首につけた金色の輪で認証を行う。
この輪は、天啓グリーグの符号がわずかに施されている。
社に入ることができるのは、グリーグの符号をその身に宿した者のみであった。
そうしなければ、かつての地上、【クレア】の技術に半分も及ばないテレサの技術上、微妙な釣り合いの下に保たれている天啓グリーグの残像は、消えてしまう恐れがあった。
グリーグの知恵なしにこの世界は成り立たない。
グリーグの残像が消えてなくなることこそ、アルクメネの最も恐れていることであった。
社に近づく3人の影がある。
彼らは認証を行い、中へと足を踏み入れた。
一人は腰が曲がった老成した翁であり、
一人は非常に若く、もう一人は体の大きい中年の男である。
彼らは翠玉の薄い正方形の瓦が敷き詰められた回廊を歩いていく。
靴底が、鉄琴のような音を奏でていた。
回廊を渡りきり、大理石でできた鳥居をくぐると、金と緑の糸で編まれた薄い暖簾の奥に、白い光が見える。
その白い光―【玉座】にこそ、天啓グリーグは眠っていた。
およそこの世のすべての緑という色を薄くにじませたような美しい髪。
年をとっても変わらず容色の衰えなかった彼の姿は、符号と言えど酷く美しい。
これぞまさに神に遣わされた寵児、否、誰もが彼こそが神であると信じて疑わなかった。
グリーグは眼をこすり、伸びをした。その気だるげな仕草でさえ艶めかしい。
『ああ、来たね。どうしたの?』
グリーグの声は、琴のように耳に心地よい。
「は」
翁は首を垂れる。
「以前から申し上げていた異形の件でございます」
『ああ、あれね。それで?原因はわかったのかな。君達はそろいもそろって、一向に重い腰を上げようとしないから・・・こういうことこそ迅速に対応しなければ取り返しのつかないことになるでしょう?目は覚めたの?』
「はい。その件ですが、その・・・非常に遺憾なことでありますが・・・調べた結果―」
『ああうっとうしい』
グリーグは天を仰いだ。
『もういいや。そこの・・・えっと、キシュキ、だったかな。君が言ってごらん。これも勉強だよ』
「えっ」
名を呼ばれた金髪の少年は、肩を跳ねさせた。胡桃色の瞳が揺れている。少年は黒髪の中年の男を窺った。男は嘆息する。
「グリーグ殿。こいつは能力はずば抜けて高いが、ここぞという時にすぐ腰が引けましてな。だからこそ慣らすためにこうして連れてきてやっているのですが・・・申し訳ない」
グリーグはくすりと笑った。
『ほんとにねえ。今のアルクメネ達が死んでしまったら、次は君達がここを背負っていかなければならないのに、そんなことでどうするのかな。まあいいや。じゃああなたが説明してくれる?』
男は豪快に笑った。
「グリーグ様はなかなかにせっかちな方でございますな」
「こ、これ・・・!!」
翁が慌てる。男のこういう遠慮のない物言いやきっぷの良さが、グリーグは気に入っているらしかった。だからこそ、他の老アルクメネを差し置いてこの男が重用されているのだ。正直少年はおまけのようなものだった。
「私はやはり年長を敬いたい。デバーラ殿に敬意を」
男が言うと、グリーグはつまらなさそうに肩をすくめ、デバーラ翁に向き直った。
『ああごめんね、ついからかいたくなっちゃってさ。お話続けていいよ。ご老人は嫌いじゃないんだ。むしろ好き』
翁は慌てたように身を小さくした。
「も、もったいなきお言葉であります」
実際の年齢を考えれば、翁よりもグリーグの方が年上になる。翁がびくびくするのも無理はないのだろうと黒髪の男は思いやった。この翁は生前のグリーグをも見てきたのだ。符号でさえこれほどに美しいのだから、実物は気圧されるほどだったろう。
「異形の件でありますが、やはり、【バベル】の扉がわずかに開いているようであります。隙間、割れ目ほどのものであろうと推測いたしましたが、既にこれだけの化け物が確認されている現状、これ以上バベルが開くことがあればこの世界はそう長くは持ちますまい。一刻も早く、まだ綻びの小さき段階でバベルを再び閉じてしまわねばなりません」
グリーグは頬杖をついて嘆息した。
『だろうと思ったよ。それで?バベルが開いてしまった原因はわかったの?』
「いえ・・・それが・・・さっぱり」
『困ったねえ』
グリーグは口元を手で覆って、うーん、と唸った。
『普通だったら開くはずはないんだけどなあ・・・それとも最初に閉じた時に何か見落としでもあったかなあ・・・でもそれを知るためにはもう一度中をのぞく必要がありそうだし』
「そ、そんなことをしたら世界が飲み込まれてしまいます」
少年が慌てたように口走り、はっとして口を押さえると顔を真っ赤に染めた。
グリーグは苦笑する。
『もちろん、そんなことわかってるよ。危険性の方が高すぎる。だから外側から攻めなきゃいけないよねえ。困った困った』
「グリーグ様にもなす術はないのですか」
翁が絶望したように言う。
「我々はこのまま先延ばしにされた破滅を待てと」
『やだなぁ、違うよ。そういうことは言ってないよ。ただね、ほら、今の僕はただの符号であって本物じゃない。実態を持たない。本物と比べれば発想力や思考力は格段に劣るし、直接何かをできるわけじゃあないんだよ』
三人は息をのんだ。グリーグの符号はあまりにもよくできていて、本人であるという錯覚に捕われていたのだ。まさか符号の口から【本体とは別物だ】と聞かされることになるなど、誰が想像するだろう。
『うーん・・・結局さ、僕が行かないと何にも把握すらできないんだよねえ。困った困った』
グリーグはなぜか楽しげに笑った。そして徐に空を仰ぎ、ぱちん、と指を鳴らす。
グリーグの指先に、青い燕が止まった。グリーグはその目を見つめる。
やがて燕は森の中に消えた。
「今のは・・・?」
少年が独り言つと、グリーグはにっこりと笑った。
『僕のたった一人のお友達だよ』
少年が面くらっていると、燕はややあって、舞い戻ってきた。
足で、とても美しい絹布のようなものを引きずっている。
およそ全ての色の絵具をにじませたような美しいそれは、【鳥】の翼だった。
「翼・・・?これが、翼!?」
少年は驚愕する。
【鳥】とよばれる種族のもつ翼であれば、それは等しく鷲のような、梟のような、鳥類の翼の大型のものであった。だというのに、燕が携えてきたそれは明らかに翼らしくなく、それでいて神と言うものに翼があるなればかくやありき、と思わせる幻想を孕んでいる。
「これがグリーグ様の翼じゃ」
翁は少年に向かって優しく言った。
「ほれぼれするじゃろう」
「これが・・・」
黒髪の男もようやくそれだけを言った。
翁はほほ笑む。
「もう片方の翼は残していらっしゃったのですな」
『うん、こんなこともあろうかと思ってね。僕の羽は酷く繊細だし、本体から切り離した状態では、管理を誤れば腐らないとも限らない。だから勝手に僕が独断で場所を決めて保存していたんだ。場所を内緒にしていてごめんね』
「いえ。我々はグリーグ様のなさることに口出しなどするつもりもございませんよ」
翁はほほ笑む。
「して、その翼を今度は何にお使いになるのですか」
「あのう・・・」
少年がおずおずと口を挟む。
「もう片方の翼は、どうなさったんですか?」
『気になる?』
「え?あ、や、その」
グリーグはにっこりとわらって指で自分の頭をとんとん、と突いた。
『こ、れ。この符号、僕の片翼を媒介にして作られたものなんだよ。だからこうして長年符号が保たれているの』
少年は顔を真っ赤にした。興奮すると顔が紅潮するのだ。
「す、すごい技術だ・・・」
「落ち着け」
黒髪の男が小声で言って嘆息する。
『本当はやりたくなかったけれどね。僕はこの世に生まれ変わろうと思うよ』
「は?」
翁が声を漏らした。
「ど、どういう意味でございますか」
『この世の者は等しく皆死してもう一度この世に生まれ変わり、循環していく。それが世の理。だけど僕は一度も転生できていない。なぜかわかる?』
グリーグはにっこりとほほ笑んだ。
『【僕】を構成する要素が一部欠けた状態だからだよ。ほら、この翼』
グリーグは己の翼を撫でた。
『逆にいえば、こうして翼だけ別に保管しておけば、僕は生まれ変われない。つまり、こうして【グリーグ】としてずっと居られる。もし転生してもその僕が今のグリーグである僕の記憶を有して生まれてこれる可能性はほぼないに等しいんだ。それはとても危険なことだった。だって、君達世界は【グリーグ】の記憶を必要としているでしょう?』
グリーグは苦笑する。
『けれど、こうなってしまった以上、やはり僕自身が現場に行かなければいけないみたいだ。僕はそのわずかな可能性に欠けてみるよ。このまま僕の符号は残しておくといい。そうすれば仮に僕の転生が記憶を持たずとも、僕の知識を与えてやることは後からでも可能だ。この翼を今から空に還すよ。そうすれば僕の生まれ変わりがこの世界のどこかに生まれるだろう。ただしその子は不完全な子だ。もう片翼がない状態で無理矢理生まれてくる子だからね。その子が生まれて、知覚ができる年齢になった頃、』
グリーグはまっすぐに三人の目を見つめた。
『【この僕】を消してほしい。デバーラ、あなたならやり方はわかるね?今ここにいる二人に教えておきなさい。あなたはもう年だから、その頃まで元気でいてくださればいいけれど、万が一ということもある』
「御意にございます」
翁は首を垂れた。黒髪の男はふと、顎をさすりながら何事かを考える。
「グリーグ殿。そのやり方であれば今までも御身の転生を作ることは可能でしたな?なぜ今までやらなかったのです」
『言ったでしょう?生まれてくる子は不完全な子、だって。僕の予想では恐らく、力の制御ができないままに生まれてくる。僕の力は、自分で言うのもなんだけど、結構すごいからね。だからどうしても、この符号に用いた翼も必要になってくる。けれどその時、【グリーグ】は消える』
男は息を呑んだ。
「他に・・・方法はないのですか」
『君達は【バベル】を目にしたことがないから、そんな悠長なことが言っていられるんだよ』
少年は俯いた。
「確かに・・・文献に記載されている状況を想像するだけでも恐ろしいです。きっと現実はもっと酷い」
『僕自身が生きていればもっと酷い状況でもバベルを封印するくらい楽だったんだけどねえ』
グリーグから表情が消える。何かを考えているようだった。
『生まれ変わってくる子も僕そのものじゃないからね。君達が育てるといいよ。【英雄】になれるように、ね』
グリーグは寂しげに笑った。
少年は顔をあげて、グリーグを見た。他の二人は俯いている。グリーグの目が一瞬、笑っていないように見えた気がして、少年は少し身震いをした。けれどグリーグの符号は、とても神々しい。自分はただ、気圧されただけなのだと思った。グリーグの翼は日の光を鈍く反射してまるで銀河のようだ。
 


一、



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