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□    Xylophone Vol.4
 
一、
 
とても、暗い、暗い。
自分に目など、必要ないと思った。
こんな暗闇の中で、光すらほとんど射さない状況で、目を凝らしても見えるものは、腐った死体や腐りかけの人ばかり。
異臭にもいつの間にか、慣れた。
心を消してしまえば、臭い、と思う気力もなくなった。
わずかな音に耳を澄ますことにさえ、疲れてしまった。
耳も必要ない。鼻も必要ない。
常に唾液を生み出すこの口だって、気持ちが悪い。
少年はただ、膝を抱えて、膝頭に頭をのせ、眠り続けていた。
もうどれくらい体を洗えていないだろう。
死体から湧いた虫は、少年の皮膚にも吸いつき、勝手に死んでいった。
自分はもうとっくに、気持ちの悪い存在になったのだなあ、と、おぼろげに思った。
周期的に内から湧いてくる、生きていたいという衝動が、気持ち悪かった。
―早く死にたい。死にたい死にたい死にたい。
少年は泣きそうになって、また、そのことに自分で嫌悪した。
暗い、暗い、冷たい石の箱。
 
ぞっとするほど細くなった自分の手首を無意味に握りながら、少年は嘆息した。
いつまで経っても救いは来ない。
一秒でさえ待てなかった。
早く死にたかった。なのに、まだ生きている。
ふと、天井から足音が聞こえた。少年はぼんやりと天を仰ぐ。
しばらくして足音はぴたり、と止むと、耳をつんざくような音が響いた。
少年はびくっと肩をすくめる。
カーン、カーン、と、少年の真上で、何かを酷くぶつけあっているような音と振動が、少年の皮膚に響き伝わる。
少年は歯をかたかたと鳴らした。立ち上がりたかったがそんな筋力すら残っていない。
やがて、天井にぴしり、と割れ目ができる。
少年はぎょっとした。まさかこんな形で死ぬことになるなんて思いもしなかった。
自分がこの重たい石に押しつぶされ血まみれになって死んだ姿を想像して、ぞっとする。
そのあとにたくさんの蛆虫がわくだろう。そんな気持ちの悪いことに、これ以上なりたくなかった。
―嫌だ!!死にたくない・・・!!
少年は、半狂乱で思った。歯ががたがたと震える。
爪の下が、炎が出そうなほど、熱くなっていく。いつの間にか、部屋が鈍く照らされていた。周りの状況が、ようやく少年の目に映る。そして、少年はぞっとした。
怪物のような虫がいる。
こちらを見ている。
何匹も居て、少年を狙っているかのようだ。
少年は、部屋を照らす光が少年の体から放たれていることには気づいていなかった。がたがたと震えながら懸命に足で床を蹴る。けれど筋力の衰えた足では、やせ細った体すら動かせなかった。
やがて少年は、その虫達のほとんどが、生きていないことに気付いた。
虫だと思っていたものは、人の体だった。
骨だった。
小さな虫達に体をしゃぶりつくされ、手足の外れてしまった、皮膚も筋肉もどろどろにとけてしまった、人のなれの果てだ。
―嫌、だ
少年は口をきつく覆った。悲鳴が出そうだった。とうに声の出し方など忘れたけれど、喉の奥が苦しく痛くて、涙があふれてくる。
爆音がして、天井が崩れ落ちてきた。
【虫達】は皆その下敷きになって、これ以上ないほどにつぶれ飛散した。
―いっそ気を失えたら良かったのに。
少年はとめどなく泣いた。けれど意識は痛みを覚えるごとにはっきりとしていく。
体中が酷く熱かった。内側がやけどしているかのようだ。
垢と汗と埃で汚れきった皮膚だけが、妙に冷えている。
「ごめん!無事?」
光の差した天井から、若い男の声が聞こえた。
少年はそれを見上げる。けれど、強すぎる光に目がくらんだ。
「緑の髪・・・よかった!!生きてる!!ごめんね、出してあげるから」
「怖い」
少年の喉から、奇妙な音が漏れた。それが声だったということに気付くのに、時間がかかった。
頭痛が走る。少年は、これが怒りなのか恐怖なのか、安堵なのか判別できなかった。
ただそれは酷く熱い感情で、自分を焼き焦がしそうで。
喉が張り裂けるように痛いと思った。自分が化け物のように叫んでいるからだと気づく頃には、辺りが白い光で満たされて、目がつぶれていた。
少年の周りから、水面にひろがる波紋のように、澄み切った鉄琴のような音が生まれ響く。
それは世界中に響き渡る音だった。
少年は知る由もない。
光はある時ぷつりと消え、少年の意識も死んだ。
 
 
目の前に白いかすみがかかっている。
やがてそれは次第に晴れた。
赤い布が見える。
それが天井だと気づくのに、時間がかかった。
体を起こしながら、どうして自然に体を起こしたくなったんだろうかと、ふと疑問に思う。
見渡すと、そこはかつて自分の暮らしていた光の世界の部屋に、似ていた。
ぼんやりと視線をさまよわせていると、自分の両手が目に入る。
どす黒かったはずのその皮膚は、信じられないほど白く、【人の】ものだった。そのままぼんやりと部屋の一点を眺めていると、扉が開いて、白と紺の布を身にまとった女が何かを持ってくる。
そして少年が体を起こしていることに気づいて、目を丸くした。
何事かを言ったが、少年には知覚できない。
女は扉の向こうへあわただしく姿を消す。
どれくらいの時間が経ったのかわからないが、やがて、背の高い痩身の男が姿を現した。
少年は、その青年の顔をぼんやりと見上げる。青年はしばらく少年の目を見ていたが、やがて、少年の顔の前で手のひらをひらひらと振った。
「見える?」
その声にどこか聞きおぼえがあるな、と思いながら、少年は目の前で高速にぶれる肌色を眺める。
やがてそれになんとなく不快感を感じ、少年はようやく思い切り顔をしかめて強い力でその手をはたいた。
青年はぱっと表情を明るくする。
「よかった!やっと表情が・・・!!」
「あ?」
少年から、不快そうな声が漏れる。
「うん、最初に見た時は骸骨みたいだったけど、今はガリ痩せ程度だし。看病ありがとう。助かったよ」
青年はそばに控えていた女に笑いかけた。女は縮こまる。
「いえ、私共、キシュキ様のお役に立てますのならば」
「お疲れ様。みんなほとんど寝ないで彼を見ていてくれてたようだし、今日はゆっくり休んで。あとで美味しい甘味もよこそう」
「あ、ありがとうございます。女中頭に伝えてまいります!」
青年は、あわただしく扉の向こうへと引っ込む女を優しいまなざしで見送った。
青年は胡桃色の瞳をキラキラと輝かせて少年の頭を撫でる。
「よかったぁ・・・せっかく君、生まれてきてくれたのに死んでしまってたらどうしようかと思ったよ。しかしウィルドも酷いことするねえ。見つけるのに一苦労だった」
少年はようやく、違和感の正体に気付く。
「羽・・・」
少年が眉をひそめると、青年はきょとん、として自分の背中を見やった。
「ああ、これ・・・ってそっか、君は見るの初めてなのか」
青年は頭を掻いた。
「はじめまして。俺はキシュキ=レシラ。君達の世界で言うテレサの住人だよ」
「テレ・・・サ」
「あれ?知らない?」
「覚えてない」
少年はつっけんどんに言った。正直頭痛がする。まだ本調子ではないらしい。
「君達翼がない人の居る世界を俺達はクレアと言うし、俺達【鳥】のことを君達はテレサ、とか、アルクメネ、って呼ぶんだよ。ってこれ、義務教育の知識のはずなんだけどなあ。っていうか君何歳」
「覚えてない」
「ええ!?ええっとね・・・でもたしか君のお父上はムネモシネだよね?だったら高等教育は受けてるはずなんだけどなあ・・・」
「知るか」
少年は深く息を吐いた。
「なんなの?さっきから。ていうかあんた何」
青年―キシュキは目を丸くした。
「ず、ずいぶん口が悪いね」
「殺してやろうか」
「・・・まあ、元気な証拠だね」
「その花畑な脳みそえぐってやりたい」
「け、結構殺伐とした発言をするね、君」
キシュキは苦笑する。
キシュキはもう一度少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「でも・・・いずれにしろウィルドっていうのは残酷だね。力があるだけであんな酷い所に閉じ込めるなんて・・・そもそもあれ、大罪人の無期懲役用の牢獄らしいね。あれはさすがに酷いよ・・・あんなの・・・あんな所に入るくらいなら死刑の方がずっと良心的だ」
キシュキは思い出したように顔をしかめる。
「僕がそれくらいのことをしたからだろ」
少年は気だるげに言った。キシュキは目を丸くした後、なぜかくすりと笑う。少年が顔をしかめると照れたように頬を掻いた。
「いや、なんだかやっぱりグリーグ様と似た雰囲気あるんだなあって思ってさ」
少年はますます顔をしかめる。
キシュキはにっこりと笑った。
「俺達、君の大切なものを預かっているんだ。それを返したくて君をここに招待した。本当はテレサに上がるには公式の手続きを踏まなきゃいけないんだけど、君は存在からして【特例】だし、別にいいよね。文句あるならムネモシネなんて俺がやっつけてやるよ、言葉攻めで」
キシュキは片眼を瞑って見せる。
少年は嘆息した。
「僕はあんたらに会うのは今日が初めてだしそもそも大事なものなんて一つもない。人違いじゃないの」
「まさか」
キシュキの声が静かに響く。
「君のその髪、それから死の淵に遭って体から放った緑白の光、そして何よりグリーグ様が君だと言っている。それだけで十分だ。君は待ち望まれた子なんだよ。災いなんかじゃない」
その言葉に、記憶の奥で言われた言葉が蘇り、少年は再び眉根を寄せた。
「むしろ、申し訳ないよ。もっと早くに君に気付くべきだった。まさか、【鳥】の生まれ変わりがただの【人】の下に生まれるだなんて、想像もしなかったんだ。不完全な子、って言うのはこういう意味だったんだなあ」
「さっきから待ち望まれただの不完全だの言いたい放題うるさいよ」
少年はキシュキを睨みつける。それは殺気のこもった目だった。だがキシュキは笑顔を崩さない。少年は嘆息した。この男は余程気が太いらしい。あるいは単なる馬鹿か。
「それにしても」
キシュキは嬉しそうににこにこと笑う。
「グリーグ様よりは濃い緑の髪だし、グリーグ様と違って瞳の色も人の色だけど、まるで君、森みたいだね。君も十分美しい!」
「は?」
少年はげんなりした。
少年の視線に気づいたのか、キシュキは、あ、と声を漏らす。
「グリーグ様が気になるんだね?大丈夫、君がもう少し肉をつけたら会わせてあげるよ。元気そうだけどやっぱり病人なんだ。君、痩せすぎてる。もう少し元気にならないと歩くのも一苦労だよ」
「僕何にも言ってないんだけどいい加減にして」
「あはは。じゃあ、今日のところは僕も退散するかな。何か入用なものがあったら何でも言ってよ。あ、あとご飯はちゃんと食べなさい。今日からは流動食じゃなくて済むね」
キシュキは長めの金髪をひらりと舞わせて扉へ向かう。
扉の取っ手をつかんで、ふと振り返った。とても優しい笑みだ。
「俺達【鳥】は、君の味方だよ、ギリシェ=ラスバーン」
嫌味のない香水のほのかな香りが、部屋に残る。
 


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